院長コラム:さまざまな矯正装置
ストレートワイヤー法
ストレートワイヤー法とは?
ストレートワイヤー法とは、個々の歯の形の違いや大きさの違い、また歯面の傾きといった三次元的な情報を平均値として予めブラケットに組み込んで、平らな歯列弓の形態をしたワイヤーを入れると自然と歯が並ぶシステムで、プレアジャステッド(既に調整された)装置といった名前で呼ばれたりもします。
平らなワイヤーを入れるだけで歯が並ぶなんて“すごい!?” 一見進歩した装置のように見えますが、この装置の目的は“省力化”です。治療の質を落とすことなく省力化できれば最高です。それによってコストを抑えることもでき、良いことづくめです。ですが……。
プレアジャステッドブラケット
スタンダードブラケット
与五沢文夫著 『Edgewise System〈Vol.1〉プラクシスアート』(クインテッセンス出版, 2001)より
平均値では個人には合わない
ストレートワイヤー法のブラケットに組み込まれた情報は平均値なので、ほとんどの人には、最終的に個別の調整が必要になります。また、市中に出回っているストレートワイヤー用のブラケットのほとんどは白人の平均値でできています。
最近では、日本人の平均値を組み込んだことを売りにするブラケットも売り出されています。そのブラケットを開発した先生のお話を、ある学会で拝聴する機会があり、ひとつ質問をさせていただきました。
「日本人の平均値とアメリカ人の平均値の差と日本人の平均値のバラツキはどちらがどれくらい大きいのですか?」
答えていただけませんでした。私が推測するに、人種間の平均値の差より同一人種内での平均値のバラツキの方が大きかったのでしょう。要するに、平均値で作る限り、どうせ個人には合わないのだから、アメリカ人の平均値でも日本人の平均値でも大差ないわけです。
100点満点の仕上がりを目指して
ストレートワイヤー法でも、最終的な仕上げでは、既製の平均的な歯列の形の針金ではなく、患者さん一人ひとりの歯列に合わせてワイヤーを曲げ、平均値と患者さんの歯の形態の差を読み取り、ワイヤーに三次元的な曲げを組み込んで、個々の患者さんの歯を最適な状態に配列することが基本です。ですが、ストレートワイヤー法の場合、ブラケットに平均値が組み込まれているので、ワイヤーに曲げを組み込むときに、ブラケットに組み込まれた平均値を計算に入れて、大変複雑なワイヤーベンディングをすることになります。私は、この作業が煩雑で、できれば避けたいので、スタンダードエッジワイズ装置を用いています。
ストレートワイヤー法で最後の仕上げを省略しても、60点以上の治療結果が得られるかもしれません。実際、平均値と患者さんの歯の形の差を調整しない矯正歯科医もいます。しかし、プロフェッショナルとしては、100点の治療結果を目指すべきです。省力化のために、治療の質を落としては何にもなりません。100点の治療結果を目指すのであれば、スタンダードエッジワイズ装置が現状ではベストであると思います。
セルフライゲーションブラケット装置(デーモンシステム)
デーモンシステムなら、歯が早く動く?
“デーモン”という悪魔のような名前のブラケットが、「画期的な次世代の装置で、早く歯が動く」との触れ込みで売られています。このデーモンシステムのブラケットの最大の特徴は、“セルフリゲイト機能”があることです。簡単に説明しましょう。
ブラケットとワイヤーで歯を動かすエッジワイズ装置では、ワイヤーの弾性を歯に伝えるために、ワイヤーとブラケットを細いワイヤーで結んでいました。結紮(けっさつ)といいます。細いワイヤーの他に、ゴムリングで結ぶ方法もあります。ですが、デーモンシステムのブラケットは、ブラケットそのものにシャッターがついているセルフリゲイト機能により、細いワイヤーやゴムがなくても結紮ができます。これは、矯正歯科医の省力化のためです。「省力化」またまた登場しました。そんなに手を抜いてどうするのでしょうか?
デーモンシステムのブラケットは、ワイヤーがそのままブラケットに結紮できるだけの平均値が予め組み込まれたブラケットです。それ以上でもそれ以下でもありません。摩擦が少ないという売りもあったかもしれません。ですが、摩擦を減らしたブラケットは他にもたくさんあります。当院で矯正治療に用いているマルチブラケット装置(LLブラケット)もそのひとつです。何も“デーモン”だけが特別なわけではありません。よってデーモンシステムだけ早く歯が動くなんてことはないのです。
セルフリゲートブラケットとの出会い
はじめて、デーモンシステムのブラケットを知ったのは1999年のこと。アラスカ矯正歯科研究会に参加した折に、ハリーハタサカが教えてくれました。
「タカオ(隆夫)、セルフリゲートのデーモンというブラケットがあるのだが、興味があるなら講習会を紹介してあげるよ。
デーモンの特徴は他のセルフリゲートのブラケットと違ってシャッターが壊れたら取っちまえば結紮ができるよ」というものでした。
セルフリゲートのブラケットは以前から存在していましたが、そんなに普及していませんでした。それは治療の初期段階で歯のデコボコが大きい時に、全てのシャッターを閉めることができなかったからです。あまり有用ではなかったんですね。それが、弾性の高いワイヤーが開発され、初回からシャッターが閉められるようになり、普及しだしたのだと思います。
デーモン先生の講演をきいて
デーモンシステムの特徴として『早く治療が終わる』ということが言われていますが、デーモン先生本人が講演した際には一言も早く治るとは言っていませんでした。ただ、「来院回数は減る」と言っていました。
もうひとつ、デーモンシステムは『歯を抜かなくてもデコボコを治せる』などと売りにしていますが、デーモン先生が歯を抜かないで治している患者さんたちは、左の写真のような鼻が高く、オトガイが発達した人々です。日本人ではありません。
デーモン先生本人は、「日本人は抜かなければ治せない症例が確実に存在する」と講演していました。ご子息が歯を抜かないで治療を行い、開咬(奥歯を咬み締めた時に前歯や横の歯が上下に咬み合わず離れた状態)となってしまったアジア系アメリカ人の症例を供覧しながら、「抜歯が必要な症例は抜歯する」と言っていました。デーモン先生本人は真っ当なOrthodontist(矯正歯科医)だと感じました。
さて、『治療が早く終わる』『抜かないでも治る』と吹聴しているのは誰でしょう?
「スピード矯正」という広告もあるけれど…
『通常の矯正治療に比べて1/2~1/4の期間で済ますことができる画期的な方法』などの文句で、「スピード矯正」という言葉を聞くことがあります。
例えば、骨に切り目を入れる「コルチコトミー」いう手術があります。これは歯を早く動かそうという試みで、40年以上もの間、改良を加えつつ行われていますが、あまり一般化していません。なぜでしょう?
それは、あまり治療期間の短縮効果が無いのに、手術によるデメリット(歯ぐきが下がる、知覚麻痺、歯根の損傷、歯髄壊死など)が生じる恐れがあるからに他なりません。これらの報告は、ほとんどがケースレポートで、ケースシリーズもそう多くはありません。治療期間が短縮するとした信頼できる論文はありません。
顎切りや、歯科矯正用アンカースクリューを用いた矯正まで併用すれば、治療期間の短縮は可能です。その代わり、入院手術などデメリットもあります。よく考えて選択しましょう。
星歯科矯正 ブログ
矯正治療に関する情報をはじめ、矯正に対する考え、院長の日常などが綴られています。
矯正治療について
【治療内容】
スタンダードエッジワイズ法を用いて歯を動かし、歯並びや口元・咬み合わせを整えていきます。
【治療期間及び回数】
動的治療期間:約2~3年程度、通院回数 24~36回(月に1回程度)
保定期間:約2年程度、通院回数 6回(4か月に1回程度)
【標準的な費用(自費)】
子どもの矯正:第Ⅰ期治療 約30~50万円、第Ⅱ期治療 約40~70万円
中高生・大人の矯正:約80~120万円
【リスク 副作用】
初めて装置を装着した時やワイヤー調整後は、噛むと痛みを感じたり、違和感を持つ場合があります。
矯正治療中は歯磨きしにくい部分ができるため、むし歯や歯周病になるリスクが高くなります。
歯を動かす際に、歯根吸収や歯肉退縮が起こる場合があります。
歯並びを整え、咬み合わせを改善するため、やむを得ず健康な歯を抜くことがあります。
リテーナー(保定装置)を使わずに放っておくと、治療前の状態に後戻りすることがあります。
※ 矯正歯科治療は公的健康保険の対象外の自由(自費)診療となります。