前回の温故知新ではスタンダードエッジワイズとプレアジャステッドエッジワイズの違いをお話ししました.今回はその続きです.プレアジャステッドエッジワイズアプライアンスの総本家みたいな存在がストレートワイヤーアプライアンスです.プレアジャストだのストレートだの色々言い方があるのはストレートワイヤーという名前が商標登録してあったりで一般名詞として使いづらいからだと思います.ストレートワイヤーアプライアンスはアンドリュース先生というアメリカの矯正医がその原型を作りました.120症例の理想的な咬み合わせの模型をよく観察し,上下の歯がきちんと咬むための法則を見いだし,この法則を治療に役立てるために歯根の傾き,歯面の傾き,歯の厚みの情報を平均値としてブラケットに組み込み平らな歯列の形をしたワイヤー(多くの既製品が売られています)をいれればある程度の状態に並ぶ様に装置を作りました.(ブラケットが正しい位置についていることが前提です.実はこれが一番難しいのですが.)さて,この装置が登場したおかげで,矯正歯科医はワイヤーを曲げる苦労から解放され,患者さんはチェアータイムが短くなってと矯正材料の製造販売会社のパンフレットには耳障りのいい言葉がたくさん並んでいます.でもちょっと待ってください.ブラケットがもつ情報は平均値です.その患者さん固有の情報をもつわけではありません.最終的なワイヤーの調節は避けては通れないのです.
歯科矯正という狭い分野でも数多くのサプライヤーが存在し,各社固有のプレアジャステッドアプライアンスがあり各装置を開発した権威が自らが組み込んだ平均値がもっとも治療に役立つと謳っています.ストレートワイヤーアプライアンスはアメリカで作られましたから,組み込まれた平均値はアメリカ人の値です.アメリカ人と日本人の平均値は異なります.そこで日本人の平均値を求め日本人用のブラケットを開発した人がいました.ある学会でその先生に質問する機会がありました.で清水の舞台から飛び降りたつもりで質問しました.「アメリカ人と日本人の平均値の差と日本人個人個人の値のバラツキはどちらが大きいのですか?」と.明確な返答はいただけなかったと記憶しております.
ストレートでもスタンダードでも,どちらの装置でもきちんとすればきちんと治ります.
最終的には患者さん個々の歯の形,歯列弓の形に合わせて最終的な調節を行うのが基本です.この最終的な調節の際に平均値が組み込まれたプレアジャステッドアプライアンスを使っているとワイヤーの曲げをプラスする場合とマイナスする場合と両方が出てきます.調節は三次元的に行う必要がありますからすごく複雑になります. スタンダードだと曲げの量だけ調節すればいいので単純に調節できます.また材料のコストもスタンダードの方が低いです.ワイヤーを曲げる技術を少しだけ習熟する必要はありますが,スタンダードの方がより質の高い治療を低コストで提供できるシステムだと私は思い選択しています.
写真は上海,外灘からみえる対岸の夜景です.エッジワイズ装置はAngleにより1928年に導入されました.その1年後に上海和平飯店北楼(ピースホテル,不動産王サッスーン財閥が1929年に建設したアールデコスタイルの旧サッスーンハウス。上海の傑出した近代高層建築。)が建てられました.