前回のEBMではEBMの手法について書きました.今日は治療効果を評価する際になぜEBM的な考え方が必要なのかお伝えしたいと思います.私は歯科医なので身近なところで「インプラント」を例にあげてお話してみようと思います.インプラントはスウェーデンのブローネマルク教授により開発され,歯がない人に用いたインプラントは40年以上の経過症例があり信頼性が認められています.しかしながら1本だけ歯を失った人に対するインプラントの歴史は浅く長期にわたる経過症例はまだありません.
H先生が自分が埋入したインプラントの治療結果を調べようと思ったとします.そこで5年前にに100人の患者さんに埋入した200本のインプラントの現況を調べました.現在でも通院している患者さんは50人でそのうちの100本のインプラントのうち10本が脱落していました.成功率は90%です.残りの50人は連絡しても来院されませんでした.H先生は学会で90%の成功率ですよと発表してすごいですねと言われました.少し極端に書きましたがこれが従来の研究方法です.実際には残りの50人は近所の歯科医院でインプラントを除去しており,金輪際H先生には掛かるまいと思っている人たちでした.とすると実際の成功率は200分の90で45%です.半数以上が脱落しています.このように長く通院している人たちを対象とした評価は良いほうに結果が出やすいです.結果が悪ければもう通院していないですから.しかし従来はこのような結果をもって評価を行っていましたし.人間性に問題がある人たちは今でも意図的にこのようなデータで人を惑わせます.このような治療結果に影響を及ぼす要因をバイアスと言います.様々なバイアス影響を排除してできだけ正しい治療結果の評価を使用というのがEBMの基本的な考えです.さらに言えばある時点から過去を振り返り治療結果を調べる(後ろ向き研究)というのは調べようがないことが多くなりすぎ,きちんとした評価が下せないことが多いため,現在ではある時から未来に向けて治療を計画し今日から1年の間に埋入したインプラントの5年後の生存率を調べると言う計画をたて,全てのインプラントの経過を追うことをします(前向き研究).それでも海外転勤や死亡などで5年後まで追えないものもでますが,後ろ向きに行うよりは精度の高い評価ができます.このように治療結果は評価されるべきものであるのです.H先生の評価法の結果を用いて顧客に説明をしインプラントを勧めたらある種,詐欺と変わらないと思います.世の中にあまたある論文の中でもきちんとしているものは少ないのが現状です.ですから批判的な目で論文を評価することが必要になります.(実際のインプラントでは,5年の生存率は90%を越えているものもあります.でも,埋入する歯科医師の知識,技術,経験,人間性に依存すると思います.エビデンスはないですが!特に人間性の部分は!)
世の中に歯科矯正学の教授という仕事をしている人がいます.それらの人の中に教授診断と称して他の担当医の患者さんに初対面で治療方法を説明するという仕事だけをして,実際に治療を行わない方々がいます.この仕事は組織の中の歯科矯正医がとんでもない治療を行うのを防ぐという役目があります.ですがこのような仕事をしている人たちの頭の中はEBMとは真逆になっていくと思います.我々のように来院する患者さん全ての治療を行っている歯科矯正医はすぐに治り仕上がりが良好なケースにも遭遇しますし.一生懸命治しても仕上がりがもう一つのケースにも遭遇します.ですが教授診断を行う方々は診断時には全てのケースに遭遇しますが,治療終了時には仕上がりが良好なケースにしか遭遇しません.仕上がりがあまり良くない症例(このようなケースは多くはありませんがあります.何せ対照が人間ですから)を人前に出すことは特殊な場合以外あまりありません.基本的には良く治りましたというプレゼンテーションがほとんどです.このような環境では次第に,全ての症例がきちんと治るという感覚が作りあげられてしまったとしても不思議ではありません.少なくとも実際に治している臨床医との間に治療結果に対するイメージの差はできると思います.臨床を語るには臨床の一部ではなく全体に根ざした思考が必要であると思います.
ということで一人一人の患者さんに最適な医療を提供していけるように精進していきたいと思います.