「やれやれ」
土曜日の診療を終えた深町はメールの送信ボタンを押すとため息をついた。
外は台風が連れてきた雨と風である。あすは雨があがる予報ではあるが少し心配である。
夜明け前の2時には八巻が迎えに来る手はずとなっている。
あすから石川県手取川へ鮭釣りへ行くのである。雨は鮭の遡上にとってなくてはならない条件であるが、釣り人の気力も削いでしまう。
深町は2006年からこの釣りに参加していた。この釣りの事の起こりは新潟大学矯正科の釣り馬鹿3人がアラスカでのサーモンフィッシング(矯正科同門会誌馬鹿者達の釣り日記参照)に味をしめて日本で釣れるところをもとめて手取川にたどり着いたのである。回を重ねて今年で5回目である。
深町は昨年のことを思い出していた。友人の伊藤を誘って初参加した昨年は坊主であった。それは特に深町の腕が悪いとか運がないとか言う類のものではなく、昨年はつれなかったそれだけである。総勢8人で朝まずめに星が1本あげただけであった。
その前の2年間は入れ食い状態であった。時合いがよいとキャストごとに当たりがあった。その時に山田も石井も鮭を釣り上げている。キング八巻に到っては人の分まで釣る始末である。
その話を聞き、これは良いと参加を決めた深町でっあったが、川に鮭がいなくてはなすすべがなかった。それが昨年の状況であった。
「暑ち」
まだ夏真っ盛り、ある朝オフィスのPCを開いた深町の目に飛び込んできたのは関からの手取川のお誘いであった。
「今年はリベンジはせねば」と思った深町は早速キング八巻と伊藤に連絡を取った。釣りの予定は例年月曜日が恒例であった。そこで深町は日月と2日釣りをする事を二人に提案したのである。キングも伊藤も基本的には釣り馬鹿である。2つ返事でOKとなった。
「来たな」
独特の排気音が聞こえてきた。八巻のWRXが伊藤をのせ深町邸に到着した。夜中の2時なのに眠くない。昨日の土曜日は朝9時までに30匹以上の鮭が釣れたと関からのメールが知らせていた。その後雨も降り若干ではあるが水量も増えているはずである。釣れる雰囲気満点である。躍る心を御しつつ、WRXに乗車した。
「ZZZZZ............」土曜日のの診療を終えた関は日曜の診療に備えてさらには月曜の釣りに期待を込めて睡眠の最中であった。
「ぷるーるる、ぷるーるる」朝の5時に携帯が鳴った。全くこんな朝に誰だ?案の上深町であった。「関ちゃん。手取川の鮭は全部おじさんが釣っておくから。ゆくりおいで」電話は切れた。
「ひゅん」
朝靄に包まれた手取川で深町はキャストをくり返していた。6時に手取川に到着した一行は手続きを済ますと早速釣りを開始した。いつもながら、第一投は気合いが入る。場所は昨年つれないながらも数匹あがっていた、中程の流れ込み下の淵に陣取った。昨年よりややポイントが遠くなっている。深町はキャストをくり返した。
9時くらいに下流の瀬で立て続けに鮭があがった。潮の変わり目らしい。
深町は色めき立った。「ここまでおいで」と
結局午前中は深町の竿に当たりはなかった。
その後、下流の瀬ではぽつぽつとあがっている様であった。
2時に深町の携帯が鳴った。
「もしもし轟き屋魚店ですが、鮭の出前はいかがですか」
「3匹お願いします」というと深町は電話を切った。与五沢であった。
まもなく、与五沢が手取川へ姿を現した。
「釣れた?」
「日頃の行いが悪いから鮭がよってこないンじゃないの?」
いつも痛いところ突く。
与五沢が明日のためにキャスティングの練習を始める。
「明日があるさ」深町はつぶやいた。
結局この日は当たりもなく三人とも坊主であった。
夜は山中温泉「胡蝶」の宴会場で矯正歯科に関連した発表が山田先生,山崎先生によって行われた。深町はみんながまだ熱く矯正臨床について語っている間に床についた。
翌朝、一行総勢9人は下流の瀬に続く淵に入った。昨日実績があったポイントである。
結局朝は釣れなかった。当たりらしきものはあるがといった状況であった。
巡回のおじさんに聞くと上流では数本あがったとのこと。
「今日の場所の選択は間違った」と思いかけていた深町であったが「昨日も9時くらいにあがったし一昨日もそれくらいの時間にあがっているから期待しましょう」という関のひとことでやる気を出した。
さて、その後当たりもない状態が続いている。下流で数匹釣れていた。
そんなとき与五沢の竿がしなった。鮭である。ルアーの先のフックは口にかかっている。「リールはまかないで、竿を立ててためて」周りの指示に従い鮭を寄せてきた。あまり走らない。その時であった。「ぱん」と言う音と共にフックがはずれた。
「悔しー」与五沢は心の中で地団駄を踏んだ。
フッキングが甘かった。後の祭りである。あおりを2、3回入れるべきだったのである。
もっと悔しいのは深町であった。
今年初参加の与五沢に当たりがあったのである。昨年から2日間当たりもない深町は茫然自失であった。
とはいうものの
「魚はいる」と思い直し、キャスティングを続けた。
その時、キング八巻の竿がしなった。「ヒット」経験豊富なキング八巻は物の数分で取り込んだ。ややこぶりではあるが綺麗なメスである。今年の一匹目であった。
次のヒットは関であった。
関も順当に取り込み喜びの笑みを浮かべた。
やはりここ数日のパターンは生きていた9時前後に下流域でぱたぱたと釣れる。
深町にヒットがないのは運がないだけかもしれないしそうでないかもしれない。
その後も周囲では1時間に1匹くらいがヒットしていた。
深町は懸命にキャスティングと続けるも、当たりはなかった。
タイムリミットが近づいたころ、リトリーブする感触に今までにない感触を感じた。
「もしかして」竿をたてあわせを試みると竿先はぶるぶる震えた。「やった魚だ」はやる心を抑えてリールをまくと50センチくらいの流木があがってきた。そしてその流木には深町のスプーンともう一つのスプーンがフッキングしていた。そしてそのラインの先には関が立っていた。関のいたずらであった。
こうして深町のサーモンフィッシングは終了した。
結果は?
聞かないでやってください。
来年こそは・・・・・