2008年3月アーカイブ
昨日は土曜日にもかかわらず休診させていただきました。患者さんの皆様にはご不便をおかけして申し訳ありませんでした。変わりに本日、日曜営業しております。お許しください。
昨日はホテルオークラ新潟で結婚式に出席してきました。従兄弟の次男が結婚しました。この新郎、新潟大学歯学部を卒業した歯科医師です。新婦も日大を卒業した歯科医師でした。新婦が研修先とした新潟大学で出会い、新郎が惚れたようです。ということで新郎新婦の上司の大学教授や準教授、助教などたくさんご列席しておられました。また同僚の若い歯科医師の先生方がたくさんお見えになっていました。新潟大学はかつての職場ですからこのような席に親族として出席する際の振る舞い方が難しかったです。
新郎の御両親に私はひとかたならぬお世話になっております。何かと相談に乗っていただく兄のような存在です。新郎には兄がいてすでに結婚してお嬢様が誕生しています。晩婚化、少子化のご時世でご子息がきちんと結婚され家庭を築いている。きっと御両親の作った家庭がとても暖かいものだったのでしょう。新郎には妹がいますがこの娘が嫁に行くのは遅いかもしれませんね。父親が離しそうにないですから。。。。。
結婚式ということで祝辞をいっぱい聞いた。同じ事を言っている祝辞があった。祝辞の恒例として人生の先輩として結婚生活を円満にするための秘訣などを離される方がいる。新婦側来賓の二人の先生が同じ事を言っていた。「感情にまかせて言葉を発するな」ということである。一人の先生は「何か言いたくなったらまず言葉を飲み込み牛のように反芻してから言葉を発するように」とアドバイスしていた。もう一人の先生は用意してきた話がかぶったのは私のせいではないという態度で堂々と同じはなしをしていた。「言葉は咀嚼してから発するように」これはナイスアドバイスである。そのとうりである。私もそうしている。お酒に酔っているとできないことがあり後悔する。所詮夫婦は他人である。生活のなかの異物である。同化はできない。まあこの辺で諦める。という態度が必要である。家族とは最低限の儀礼である「挨拶」と「共食」によって結ばれた集団であるという内田樹先生の説に私は同意する。
若い二人に幸あれ。
今、自分でブログにアクセスしたら、アクセスカウンターが1818であった。わたしはこれを「いやいや」とよむ。ちなみに23936は「くさろー」23873は「はなさん」22922は「にーにー」22921は「にーいち」22923はみなさんもうおわかりであろう。「にーさん」である。ほかには2062を「おむつ」と呼んだ。25655は「ろくごーご」とそのまま呼んでいた。2152は呼び名がなかった。
さてこれらは何かといえば470級、とスナイプ級のセールナンバーである。学生時代ヨット部でした。ハイ。寄居浜の今はなき三八亭に隣接した合宿所で砂まみれの煎餅布団で寝ていた。夏休みはほとんど合宿所住まい。お盆の前後1週間だけが本当の休みであった。そういえばお盆明けの合宿所で御巣鷹山に墜落した日航のジャンボ機をみたと甲府の吉村くんが言っていたのを今でも覚えている。23年前だ。
大学のヨット部では当時(多分いまでも)470級とスナイプ級の2つのクラスがあった。スナイプ級は凄い昔の設計なのでセールナンバーが当時で2万番台であった。比較的新しい470級は2千番台2152が新潟大学で最も新しい船だったと思う。スナイプの一番新しい船は25655だった。こいつと936はGHクラフト製、FRP船であった。873は木船だった。Ligもlooseだったし。。。でも一番はやかった。さすが「気合い気合いのオクムラボート」製だった。
大学4年の春までヨットにどっぷり浸かった生活だった。でもねー最後のインカレ予選の前に主将が辞めたりして大変だった。僕は全学ヨット部の副主将のくせに歯学部スキー部の大会で妙高なんか行ってるし、もう一人の副主将の富所くんには大変ご迷惑とご苦労をおかけしました。この場を借りてお詫びします。「すまんかった。」
最後のインカレ予選は38°の発熱のまま3レースして帰ってきたら熱は下がっていた。でも順位はビリを一回引きました。長谷川君ごめん。余りよいスキッパーではなかったようだ。
その後、大学職員としてずっと新潟にはいたがなぜかヨット部とは疎遠になってしまった。ヨット部関係者の皆さんごめんなさい。
ちらっとホームページみたら大変充実していてびっくりした。これなら騙されて入部する若者もいるかも、セールナンバーが23年の年月を示している。
写真は30年くらい前の新潟大学ヨット部のスナイプである。
9日日曜日はとても天気が良く、春がきたと思わせる気候であったした。みなとみらいの風も穏やかで、相模原より花粉も少なく感じました。そんな日曜日、「神奈川県歯科医師会スポーツ歯学フォーラム」に参加してきました。歯科医師会館の地下に潜って明海大学教授 安井利一先生のご講演を拝聴していました。この催しは「かながわスポーツ・健康づくり歯学協議会」と歯科医師会の共催で、午後からはスポーツマウスガードの作り方を習ってまいりました。
花園での高校ラグビーの全国大会ではマウスガードの使用が義務づけられたのだそうです。マウスガードをしていると歯の破折や脱臼さらに歯槽骨骨折を防ぐだけでなく、脳振盪を防いだり、頭頚部外傷も減らしてくれるのだそうです。良いことずくめですが、全国大会に行ったからマウスガードをするのでは、マウスガードが気になって全く実力が発揮できなくなることは請け合いだそうです。練習から毎日つけていないといけないものだそうです。マウスガードはスポーツ店に売っている。出来合いのもの、お湯に入れて多少成形できるもの、マウスピースやさんでつくるオーダーメイドのもの、歯医者さんでつくるオーダーメイドのものとあります。マウスピースやさんのものは咬合を考えていないので、長く入れると疲れたり、顎が痛くなったりすることが多いそうです。きちんと噛み合わせも考えて作ってくれる歯医者さんのものがやはり最高だそうです。値段は5000円から1万円くらい。
歯の外傷の現場にいたことがあります。高校時代野球部の部活でキャッチャー(西川君肩がとてもいい、口はとても悪い)が2盗のランナーを刺そうと送球しました。どんぴしゃの玉が楽勝のタイミングで行きました。ショートの内山君(お肉屋さんね)、楽勝!と思って目が離れたんでしょうね。ボールはグラブの先をかすめて上顎前歯直撃内山君は救急車にのって十日町の病院にいきました。その後セカンドベースの周辺では血のついていない真っ白な歯根膜の歯が数本落ちていました。当時は私も高校生、歯が再植できることも知りませんでした。30分以内で乾燥していなければとても予後がいいんですよ。結局内山君は前歯と小臼歯8本無くしました。いまはインプラントかな?高校野球の監督をやっていると思います。おーい元気ですか?
もう一つ、卒業して1年目か2年目の1月1日の午前中に実家(歯科医院でした)で御神酒などいただいていると電話が鳴りました。消防署からでした。奥只見丸山スキー場でスキーヤー同士の衝突事故で歯を6本脱臼した患者さんがいるのですが診てくれませんか?という依頼でした。歯医者は一人いますが酔っぱらっております。と母親は答えましたが、患者さんは搬送されていきました。上顎3本下顎3本完全脱臼、でした。その他不完全脱臼、歯槽骨骨折とうもありました。さー衛生士さんいないし、レントゲン取って現像して。。。再植は早くしないといけないし幸運にも患者さんはお友達が知識があって抜けた歯を全部拾って持ってきてくれていました。「拾うの大変だったでしょ?」と尋ねたら「血で雪が赤く染まった所をを捜すと歯が落ちてました。」といってました。何とか再植してその他の部位も整復してワイヤー曲げてスーパーボンドで固定して。かかりつけの歯医者さんに手紙書いて。終わったら結構な時間が経っていました。横浜の人だったと思います。それから2年後くらいにその患者さんスキーのついでにお菓子もってお礼にきたそうです。歯は全部ついていたそうです。脱臼してから結構な時間が経っていましたが、冬で気温も低かったし、雪の上に落ちた歯を雪ごとガーゼにくるんでいたので乾燥していなかったしそれが良かった原因かも。
話を日曜日に戻します。
一番、歯の外傷が多いのは中学校のバスケットだそうです。ゴール下の肘の張りあいは外傷のりリスクとても高いです。小学校では競技中というよりも生活の中で、歯の外傷が生じる可能性が高いのでスポーツマウスガードの効果は疑問らしいです。生活環境をきちんとすることが小学校で歯の外傷を防ぐ秘訣だそうです。凄い出っ歯は外傷の確率も高いです。そんな歯を一時的に後退させ外傷のリスクを軽減させるといった事も矯正歯科のお仕事です。その後、永久歯期の仕上げの治療が必要になる方もいます。
中学校以上では何らかの競技を行うときには歯の外傷のリスクは高まるのでマウスガードは有効だそうですが、競技によっては適さないものもあるようです。
ラグビーでもフォワードとバックスでは好まれるマウスガードの形が違うんだそうです。この違いを提供できるのも歯医者さんならではだそうです。
午後からの実習では、SHP Dent.かながわの皆さんが懇切丁寧に作り方を教えてくださいました。
ありがとうございました。
うん!今日のブログは毒がないですね。